平成20年1月18日(金)
 PPT特別講演会を開催しました。

演目 「四国遍路道から見る『生きること』『死ぬこと』」
講師 四国八十八ヶ所霊場 五十八番札所 
    仙遊寺 住職 小山田憲正氏

自らの生い立ち
幼くして父親を亡くし、母親1人に育てられた。
高校は無事奨学金で卒業。
高校の恩師の勧めから、大学は奨学金を返さなくて済むよう、教育免許をとる。
その後、高野山大学で学び、高野山での辛い修行を終えたが、在家出身のため、誰よりもがんばった甲斐なく「館長賞」はもらえなかった。
修行を終えても、行くお寺がなく、途方にくれていたところ、仙遊寺の副住職募集を知る。
訪ねていくと、檀家の人たちは、「かわいそうに」と言う。
最初は何のことかはわからなかったが、仕えてみて小坊主の仕事だったことがわかる。10人以上も続かずやめていったそうだ。
10年余り、ここでも辛い日々を過ごしていたという。
例えば、汲み取り式トイレの汚物処理。
当時から八十八箇所の一つであったため、お遍路さんの大量の汚物がたまったものを、1人で処理したという。
処理とは、桶に汲み取ったものを山を登り、撒くのだそうだ。
その後、副住職となり、先代の住職が他界したあと、住職になった。
八木成実との出会い
ある日、一人娘が青年を連れてきた。
その青年は「お嬢さんと結婚させてくれ。でもお寺には入らない。」という。
住職は一人娘を取られてなるものかと思い、「とりあえず寺で暮らしてみろ」。
その後、青年は高野山へ登り修行する。
その青年が八木成実君だったのだ。
 成実君は在家ではなく、「寺の跡取り」のため、それほど苦労していない(はず)なのにもかかわらず館長賞がもらえたそうだ。
目出度く、昨年(2007年)結婚し、副住職となる。
お四国
住職は四国のことを「お四国」という。
また、弘法大師のことを「お大師さん」という。
釈迦も、お大師さんも人間であり、鬱病であったということもお話された。
おへんろさん
仙遊寺では、おへんろさんに対して365日いつでも受け入れしているという。
のお寺では、冬の寒い時期などについては、おへんろさんも少ないことから、閉めてしまっているところもある。折角、山や坂、階段を登ってたどり着いたのに、閉まっていてはかわいそう。
仙遊寺では、365日いつでも受け入れており、お金が無い人のために、無料の宿泊所もあるという。
相談
人間、精神的にどうしようもなくなったときに、どこに行くか。
最近では、「〜〜クリニック」ようするに精神科に行くのではないか。
本来、その悩み事などを相談する先はお寺だったり教会だったりするはず。
精神科の医者も同じことを言っていたという。
何か悩み事があればお寺や教会に行くべきである。
また、「死にたい」と思ったら一度仙遊寺にきて欲しい、ともいう。


小山田住職のご紹介
「四国へんろ道文化」世界遺産化の会HP
2006年1月記事へのリンク
http://88henro.org/article/1021722.html