
No.22 5月19日 内戦後のボスニア・ヘルツェゴヴィナをゆく 湯澤です。 5月14日〜18日にかけて、船を下りてボスニアへ行ってきました。 今回のメールは、今までで一番長くなるかもしれません。 僕の見てきたこと、感じたこと、それをみなさんに伝えたい。 まず、この国の歴史について、少しお話しします。 1992年〜1995年にかけて、旧ユーゴ紛争と呼ばれる大きな内戦がありました。 覚えている方もいると思います。 この国には、3つの民族が混じり合ってすんでいました。 セルビア人、クロアチア人、ムスリム人の3つです。 それぞれ宗教は違いますが、彼らは何不自由なく仲良く平和に暮らしていました。 しかし、ミロシェビッチがセルビア人以外の民族を排除しなければならないという「民族浄化」を掲げ、 ある日突然、隣に住む人が敵になり、 市民が市民を殺し合う悲惨な戦争が起きてしまったのです。 首都サラエボは、山に囲まれた美しい街でしたが、 周りをセルビア軍に包囲され、 街を歩けば山に潜むスナイパーに狙撃され命を落とすような危険な街となりました。 モスタルという街では、川にかかる1つの橋を行き来していた民族が、 橋を壊し、川を挟んで完全に分かれ、対立していました。 それが、つい10年前の話です。 この戦争について詳しく知りたい方は、 「ノーマンズランド」や「パーフェクトサークル」などの映画を見ると、わかりやすいと思います。 そのような悲惨な歴史を持つ国を、僕らは訪れました。 このツアーには、スタッフ2人を含む24人が参加しました。 僕が行こうと思ったのは、東京のピースボートセンターに通っていたときに、 このツアーに行く人達がすごく盛り上がっていて、誘われたことがきっかけでした。 そのころはまだボスニアのことをあまり知らず、ただ見てみたいという気持ちだけだったんですが、 歴史を勉強して興味がわき、本当に楽しみにしていました。 そして、実際に行きました。 1日目はこんなところに行って、2日目はこんなことをして・・・というレポートは、今回はできません。 ここではこんなことを感じて、あそこではこんなことを感じてと書いていたら、 おそらくわけがわからなくなってしまいます。ですので、全体を通して書いてみます。 街。僕らは、2つの街を訪れました。サラエボとモスタルです。 行ってみて驚いたことは2つありました。 1つはとても美しい街だということ。 そしてもう1つは、至る所に戦争の傷跡がはっきり残っていることです。 きれいに舗装された道路、美しい山々、大きな高層ビル、にぎやかな市街地。 一方で、戦争当時のままの建物に残る銃弾の跡、壊された家、爆発の跡、地雷原を示す黄色いテープ。 復興に向かっているようで、まだ戦争の傷はありありと残っているというのが現状でした。 人。このツアーの中で、本当にたくさんの人達とふれあいました。 戦争時にセルビア軍にばれないように、トンネルを掘って外界から物資を届ける仕事をしていた人。 戦争中サラエボの中心部のマンションに住み、 おびえながら暮らしていたというホストファミリーの老夫婦。 民族の壁を越えてサッカーをしようというコンセプトを持ち活動している FKクリロというサッカーチームのスタッフと子ども達。 子ども達の教育について考え、活動しているNGO「ムラディモスト」のスタッフ。 地雷除去活動をしている「BHMAC」のスタッフ。 学生達にもっと動いてほしいと呼びかけたり、企画を提供しているNGO「OIA」のスタッフ。 音楽が大好きで、女が大好きで、夜語り合った一人暮らしの大学生。 出会ったすべての人が、僕たちと同じ普通の人間。 この人達が、10年前に戦争をしていたとは考えられませんでした。 ボスニアの今。今現在のボスニアがどんな状況なのか、様々な人から話を聞きました。 未だに100万個以上の地雷が埋まっている。若者達が政治に無関心である。 場所によって、教育内容が違う。教科書が違う。 戦前の方がよかったとなげく高齢者がいる。 今のボスニアに活気を与えようと頑張っている市民団体がある。 聞けば聞くほど、わからなくなりました。いったい、日本と何が違うんだろう、と。 そして、考えているうちに、いつのまにか自分の問題になっていました。 市民レベルで復興活動している団体があるというのは、PPTと重なる部分がありました。 戦争という苦を乗り越えてそういった活動をしている人がいる、 ということは本当に自分の励みになりました。 最後にひとつ。 特に自分と違いのない人達だった、日本との違いが感じられなかったということは、 もしかしたら日本でも、ボスニアの悲劇と同じことが起こりうると言うことです。 そう考えたとき、本当に怖くなりました。 ボスニアという一つの国を見たことによって、自分の周りについて見直すことが出来たこと。 このツアーに参加して、本当によかったと思っています。 |